台湾烏龍茶を届けてくれる林 和春(リン ホウチュン)さん。子孫の代まで立派な土地とお茶づくりを残すべきと、林農園では有機栽培に取り組み、香り高い台湾烏龍茶を作り続けています。
和春(ホウチュン)さんの父、林 文経(リン ウェンチン)さんは、従来、自家製堆肥の使用など自然な農法を実践していましたが、台湾政府から東京農業大学に派遣された時に、「農薬や化学肥料を使うと土地が傷み、やがて土地の益を使い果たしてしまう。農業をやるなら子孫の代まで立派な土地を残すべき」と聞いて、さらに自分の農法を確信しました。
同時に有機栽培の理論も学び、農薬や化学肥料に頼らない農法に取組んできました。研究熱心ゆえにめきめきと腕を上げ、県や台湾全省の品評会で賞を独占し、1989年には台湾の「十大傑出専業農民(※1)」に選ばれました。
※1 十大傑出専業農民とは、茶農家に限らず幅広い農業ジャンルから選出されます。 2年に1度、地方から推薦された農業者を、国の農業機関が審査し10人の専業農民を選びます。
林家の末っ子の和春さんは、昼間は外で農作業、夜から明け方まで徹夜でお茶加工をする父・文経さんの姿を見てきて、こんなキツイ仕事は絶対やりたくないと会社勤めをしていました。しかし文経さんが高齢になっても1人でお茶作りに情熱を傾ける背中を見て、「正直な食べ物を作る」尊い仕事がなくならないように、後を継ぐ決心をしました。
最初の頃は「お茶の気持ちがわかるまで、茶葉に触ってはいけない!」と文経さんから言われ、お茶を作らせてもらえませんでした。
普段の文経さんは、茶作りの教えを請う人たちに、惜しげもなく、親切にお茶作りを教えます。しかし、息子の和春さんには、やり方を教えてくれたことはありません。3度同じ事を聞いたら怒鳴られ、「黙って目を閉じてお茶の気持ちを考えろ」と言われていました。文経さんの茶作りの技術は時間をかけて覚え、そうして茶園を手伝ううちに、和春さんも常に茶木の状態を気にかけるようになりました。
おいしいお茶を作るには、まず健やかな土を作り、茶木を丈夫に育てることが大切です。
林農園では畑の土をふかふかに耕し、根を地中深くに張らせることで、自分で水分や栄養を取りにいける丈夫で強い茶木を育てています。
強く丈夫に育った茶木は、病虫害が発生しても被害が広がらないため農薬の必要がなく、干ばつにも耐えることができます。
「いかに茶葉に土のミネラルを吸収してもらえるかが大事。茶葉に栄養やミネラルが含まれないと、その後の加工でそれをおいしさとして引き出そうとしても、引き出すものがないでしょ」と和春さん。お茶加工の技術も大事ですが、まずは茶葉に栄養を行き渡らせるための土作りが大事なのです。
和春さんは、効率的に農作業ができるよう、畑の改善を進めています。従来の林農園の畑では、人が茶木の間を歩きながら収穫するために広い道幅が必要でした。しかし人が通れる程の広い通路には日光が差し込み、雑草が成長します。
畑では土壌の乾燥を防ぐため、自然に生える草は基本的にそのままにしておきますが、茶木より高くなった雑草は、茶葉と一緒に収穫されてしまわないように取り除かなくてはなりません。この草取りにかかる時間や労力は相当なもので、和春さんは新しい収穫機械を取り入れる際に、最小の道幅になるよう畑を設計し直しました。
こうすることで余計な雑草が育つ日光が地面に届きにくくなり、草取りの手間を大きく減らせるうえに、茶木の根元には自然に落ちた茶葉がいっぱいに敷き詰められます。茶木の下の土は日光が当たらず湿っており、有機物が豊富な良い環境で落ち葉は徐々に腐葉土となっていくため、茶畑の土はふかふかの状態で、さらに生き生きと元気な茶木が育っています。
台湾烏龍茶作りは重労働で、年々台湾烏龍茶作りに携わる農家が減りつつあるのが現状です。しかし和春さんには、「台湾烏龍茶が好き、台湾の烏龍茶産業を衰退させたくない」という強い思いがあります。
和春さんは、文経さんから受け継いだお茶作りのバトンを次の世代へ引き継ぐため、人手不足という問題を「機械の導入」や「管理システムの構築」などによって解決しようと研究開発を繰り返し、実践しています。
これらの未来を見据えた効率化への取り組みは、これまでのお茶作りの「全てを見直す」ことで進めてきました。和春さんが実践を繰り返して得られた技術や知識は、他の農家へも提供し、台湾の烏龍茶農家全体が良い方向へ進むよう推進しています。この方法で今までと同じような高品質のお茶が量産できれば、農家を継ぐ・志す人が増えるのではないかと考えています。
2017年、農業の人手不足の問題に機械技術や管理システムを使って新たな道を切り開く和春さんの取り組みが高く評価され、「十代神農」を受賞しました。この賞は、1989年に父・文経さんが受賞した「十大傑出専業農民」の後身にあたり、親子二代で栄誉ある賞を受賞しました。
その後も和春さんは、お茶づくりが未来に続いていくように、効率化への挑戦を精力的に続け、現在では、収穫機、茶葉の計量機などを管理システムと連携させ、茶畑や天候の情報、畑での作業の情報、稼働した機械の情報、お茶の製造管理、従業員の労務管理等々、あらゆるデータをすべてクラウドに保存し、一元管理による業務の効率化を進めています。
茶葉を収穫すると、その日のうちにお茶加工に取り掛からなければならないので、収穫期になると、何をおいてもお茶優先の生活になります。
多くの農家は涼しい朝方に収穫を終えてしまうことが多いですが、朝は露などで茶葉の水分が多く、お茶の香りとうまみにとって重要な「発酵」がうまくできないおそれがあります。
林農園では、ベストな発酵ができるよう、暑い中でも日の昇りきった昼間に収穫します。収穫された茶葉は空気をふくませふんわりと袋に入れて、お茶工場へ運びます。茶葉がこすれて傷がつくと発酵が進んでしまうため、収穫の始めと終わりで発酵具合に差が生じないように、袋いっぱいに詰めることはせず、収穫中は何度も袋を取り替えます。
萎凋(いちょう)と撹拌(かくはん)は、台湾烏龍茶の香りやうまみを生み出す、とても大事な工程です。「萎凋」では茶葉が持つ酵素とお日様の力で、葉っぱの水分を飛ばし、酸化と発酵を起こします。さらに「撹拌」することで、萎凋で生じた成分が結合し、台湾烏龍茶の香りやうまみが引き出されていきます。
収穫した茶葉は、計量した後、日の光が入る萎凋室の床いっぱいに敷き詰められます。萎凋室の天井には可動式のネットがあり、その日の天気などによって日光の量や萎凋時間を調節します。
収穫したては青い香りがしていますが、茶葉の水分が蒸発してハリのあった葉っぱが少しずつしおれていくと、だんだんフルーツのような芳香に変わっていくのが感じられます。途中で熊手を使い、敷き詰めた茶葉をひっくり返すようにして撹拌すると、光が当たっていなかった部分が表に出て、また青い香りが混ざり、茶葉がこすれ合って更に発酵が進みます。
日光と発酵によって温かくなった茶葉が適度に冷まされると、室内にはふんわりとした甘い香りが漂います。
夜になり、萎凋がすむと、竹でできた筒状の撹拌機に茶葉を入れて回転させます。回転の摩擦により葉の表面に傷をつけることで、さらに発酵を促すのです。撹拌機が回るたび、茶葉が当たるサラサラっと心地よい音が聞こえてきます。
撹拌が終わると、発酵によりほのかに温かくなった茶葉を再び床に敷き広げ、葉の状態や香りを確認して、しばらく静置します。撹拌機の後にもう一度ゆっくり時間をかけて発酵させ、この茶葉の香りを最大限に引き出します。
最後の萎凋で茶葉の状態を見極めたら、釜炒りで茶葉に熱を加えて発酵を止めます。 竹のざるに茶葉をのせ計量し、火を入れた円柱形の釜へ、ざる1枚の量を一気に投入します。
釜炒りの温度や時間は、回転する釜の中に時々手を入れて、加熱している茶葉の状態を確認しながら調整します。蓋のない釜炒り機からは蒸気があふれ出して、真夜中のお茶工場はお茶の香りと熱気に包まれていきます。釜炒りを終えるとすぐに釜を傾け、落ちてくる茶葉をざるで受けます。
茶葉が熱いうちに揉捻(じゅうねん)を行います。揉み捻(ひね)ることで葉の組織を崩し、お茶を淹れたときに、茶葉が持つ香りとうまみが表に出るようになります。釜炒りを終えた茶葉を、ざるから揉捻機へと移します。
揉捻機は、大きなお椀をひっくり返したような半円球状で中が空洞のおもりが円を描くように旋回し、突起のある受け皿に入れられた茶葉へ圧力をかけてぐるぐると揉み込んでいきます。茶葉の様子をみて揉捻を終えるタイミングをはかり、動き続ける揉捻機から茶葉をざるに戻します。
茶葉を乾燥機で乾燥させ、一時保管ができる状態(荒茶)にします。揉捻後、コンベア式乾燥機に投入した茶葉は、ベルトコンベアに薄く広げられてゆっくり流れます。乾燥機から茶葉が少しずつ出てきたら、今度はドラム式乾燥機に移していきます。
そして深夜、すべての茶葉を大きなドラム式乾燥機に投入して、朝まで乾燥機を稼働させます。工場内に乾燥機の轟音が響き渡る中、清掃を終えてようやく休憩に入れます。
昼間の収穫からはじまり、じっくり時間をかける萎凋、深夜まで続く加工と乾燥までを終え、最後に乾燥させた「荒茶」の状態で注文が入るまで一時保管します。注文が入ると荒茶を焙煎して出荷します。焙煎することで品質がより安定し、香ばしい風味が生まれます。