カナダ ケベック州でオーガニックのメープルシロップを作るリックさん。周りの人から「リアル・カントリー・ガイ」と呼ばれ、メープルのことなら何でも知っている、メープル愛にあふれる生産者です。
リックさんは元々別の仕事をしていましたが、かつておじいさんが所有していて手放したメープル林のことが頭から離れず、どうしても情熱が抑えきれなくなったため、1994年に林を購入して、メープル事業をはじめました。リックさんはメープル林の近くに住み、毎日林の中を歩き回って、およそ1万本以上もあるサトウカエデの木々が元気でいるかを確認しています。
サトウカエデの種はなめこをつぶしたような形をしています。毎年たくさん種が落ち、これらの種が自然に芽を出して、ひょろりと細い赤ちゃんの木になっていきます。周りに大人の木が生えていると、日光が当たらないため、その間は生長がストップします。樹齢30年くらいから樹液が出始め、生命をまっとうする300年くらいは樹液が出るそうですが、古い木は病気にかかりやすくなるので、リックさんはなるべく早めに切り倒すようにして、若い木々の生長を促しています。切った木は、サトウカエデの樹液を煮詰める燃料に使われるので、とてもサステイナブルです。リックさんの林には、サトウカエデ以外にも白樺などいろいろな木があり、全体で生物多様性を大事にしています。
スタッフがメープル林を訪問した時、リックさんは、歌いながら踊りながら、自然からの生命を浴びるように手を広げて回転しながらメープル林を進んでいました。その様子は、まるで木々と会話をしているようです。そして、おもむろに枯葉を両手いっぱいに集め出し、少年のように目をキラキラ輝かせながら、「いっせ~のせ!」でパァーッと枯葉を飛ばして遊び出しました。一緒にいた製造担当のモアさんにも「やって~」とせがみ、嬉しそうにその様子を眺めていました。
太くて立派なキハダカンバの木を見つけては、駆け寄って木に抱きつくリックさん。リックさんと一緒にいると、不思議とテンションが上がってとても元気になります。リックさんは、いい意味で人間離れしており、周りに良いエネルギーを与えることのできるスピリチュアルな存在です。自分が作ったメープルシロップを心底おいしそうに食べている姿をみて、それはもう、人間の姿をしたメープル林の妖精のようです。
サトウカエデの樹液を煮詰めるとメープルシロップになりますが、樹液が流れ出るのは、毎年3月下旬から4月上旬にかけての、わずか10日から20日ほどの現象です。夜間の温度がマイナス4~0度、昼間の温度が0~4度という条件の時にだけ、土壌から豊富なミネラルと一緒に吸い上げた水分が、糖分を含んだ樹液となり自然に流れ出します。いつ樹液が出てくるかは誰にも分からず、人間がコントロールできるものではなく、ただ自然の力に任せるのみです。
収穫時期に向けて、あらかじめサトウカエデの木にドリルで穴を開けてチューブを差し込んでおきます。チューブをつなぎ合わせ、林の高低差の重力を利用し、林のふもとにあるメープル小屋に樹液を集めていきます。樹木を守るために厳しいルールが設けられており、穴を開けてよいのは樹齢30年以上で幹の太さが直径20cm以上の樹だけで、1本につき、穴は最大4カ所まで認められています。
サトウカエデの樹液は「メープルウォーター」とも呼ばれ、糖度はおよそ2~4%で、無色透明でにおいもなく、ほんのわずかに甘い水のようです。それを糖度が66%になるまで煮詰めたものがメープルシロップになります。糖度が66%になるまでおよそ8時間もかかります。樹液は空気に触れると白くにごってしまうため、採取後24時間以内に煮詰める必要があり、収穫時期は24時間体制で交代で火の番をします。小屋の中にはキッチンやテーブルもあり、小屋の中で食事をとったりすることもできます。
煮詰めるための燃料は、古くなって切り倒したサトウカエデの木です。1本のサトウカエデから1シーズンに採れる樹液は40~80リットルですが、これを煮詰めて出来あがるメープルシロップはわずかに1~2リットルです。1シーズンに1本の木から取れるメープルシロップは、250mlのびんでたったの4~8本分だけということになります。カナダ産のメープルシロップは、カナダ政府から派遣される検査官によって、すべてのドラム缶が検査されます。検査で合格したものだけが、びん詰め工場で充填され、日本に出荷されます。
リックさんのメープルシロップは有機認証を取得しています。通常、サトウカエデの木はあまり病気にかかることはなく、農薬や化学肥料などは不要です。メープルシロップ全般として、農薬や化学肥料は使われていないといえますが、有機認証を取得するためには、装置の洗浄剤や使える保管容器など様々な基準をクリアする必要があります。有機認証のあるメープルシロップは、より厳しい管理基準に従って製造されたものといえます。
今日もリックさんは、キラキラと目を輝かせながら、大好きなメープル林の木々と触れ合い、サトウカエデの声に耳を傾けながら、生命力あふれる林の維持に努めています。